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【英語】やっぱり多読は大事だし、やらないといけない

こんにちは、広島市の四技能型英語塾、スクール今西の今西一太です。

今回は多読(多聴)がなぜ重要なのかについてお話ししたいと思います。多読(多聴)をすることによって得られる効果は沢山ありますが、そのうちの一つは、

文法学習ではカバーできない「自然さ、不自然さの感覚」を習得する唯一の方法である

ということです。

 

1. Triangle ABC is as large as triangle PQR.

以下、例を見てみましょう。下の英文 (1) をどう思いますか?

(1) Triangle ABC is as large as triangle PQR.
「三角形ABCは三角形PQRと同じ大きさである」

私はとあるセミナーでこの例文が紹介されたとき、「理由は分からないけどすごく不自然に感じる」と思いました。

すると、セミナー講師の先生がすぐにその理由を言ってくれました。

「as … as … は主観的な意見を表すので、数学のような客観的な現象を記述する時には使えない」

とのことです。例えば、

(2) You can play tennis as well as Tom.

という例文のニュアンスは、

You can play tennis as well 「君は同じぐらい上手にテニスが出来ているよ!」
as Tom. 「トムとね!」

と励ますような感じになる、とのことです。

なるほど、確かにそう考えると上の例文 (1) は三角形の大きさと言う客観的な現象を表しているので、as … as … 構文を使うのは不可能になりますね。
 

2. なぜ聞いたこともない規則を含む文の不自然さがわかるのか

と、ここで言いたかったのはこの構文の用法についてではなく、

なぜ私が (1) を見たときに直感的に「これは変だ」と思う事が出来たのか

という点です。

もちろん、講師の先生に説明を受けるまで「as … as … は主観的」なんてことはこれっぽっちも知りませんでした

私はもちろん英語のネイティブではありません。本格的な英語学習は中学生からです。

そして、「as … as … 構文は主観的なことにしか使えない」と書いてある文法テキストは今まで一つも見たことがありません(あるかもしれませんが)。

それなのに感覚的に「これはダメ」と思えたのは、10代半ば以降の多読によって大量の(数百、数千の) as … as … の例文に接してきたおかげで、「この構文はこういう時に使うものだ」という無意識の感覚がついていた、としか考えられません。

 

3. 文法と単語だけ学習していると何が起こるか

文法学習と単語の暗記を中心に学習を行ってきた人は

「文法的には間違ってないはずなのに、何でダメなのか?」

と文句を言うかもしれません。しかし、文法テキストに説明が無い所でこのようなルールは無数にあります

例えば、以下のような日本語についてどう思うでしょうか?

「彼女は強情な雰囲気をしていますね」
「大きな知識を持っている人」
「あの人は価値観が悪い」
「先生から沢山練習をもらいました」
「日本の伝統を助けるための政策」
「この技術の応用を拒絶するな」

全て文法的には完璧なはずですが、「なんか変だなぁ」と感じるはずです。

何故そういう判断が出来るかと言うと、今まで日本語を大量に聴いたり読んだりしてきた中から、「こんな言い方は聞いたことが無い」という感覚が身についているからです。

つまり、外国語学習は

文法学習+単語の暗記

だけを行っていると、

「文法的には正しいはずなのになんとなく不自然な文章」を連発して、なぜそれがダメなのか分からない

という状況に陥ってしまうということです。

これを防ぐ唯一の方法は「大量のインプット」つまり多読・多聴しかありません。

以上のように多読・多聴と言うのは自然な英語を身に着けるのに極めて重要な勉強法です。

特に、

進学校の生徒の文法が恐ろしい勢いで崩れてきている

の記事で述べたように、高校生にとっては英会話と並行してこの「多読」学習が英語習得のために一番重要です

生徒の中には、どうしてもめんどくさくてサボってしまう人もいるようですが、決してないがしろにしないようにして欲しいと思います。
 

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at 2018/01/27 18:23:15